らくらくらいふ

おだやかでおちついたきもち、それだけ

闇の魔術に対する防衛術

とがらないとだめだよ
全ての人間ははじめからとがってるんだ
それを、そのまま出せばいいんだよ
心に刺さる文章
書けるはずだよ
いつも自分を刺しているから
いつも傷つけられているから
なにに?
その、なにに?を
文章にして書けばいいだけだよ

 

 

 


それでどうした?
それがどうした?
文章にしてどうした?
やりたいことやれ
やりたいこととは?
楽になること、それだけ

 

 

 

できること全てやってきました
って言いてえ~
できることすべてはできねえな
と思ってしまうのは
自分が「できる」と思うことが多すぎるから
できないくせに、なんて言わんでくれ~
できると思うことは山ほどもないけど4つはあるよ
4つもあれば十分だろ

 

 

 

怒ってる人見ると嫌な気持ちになるし
悔しがってる人見ると嫌な気持ちになるし
悲しんでる人見ると嫌な気持ちになるから
怒るなよ、泣くなよ、悔しがるなよ
いつでも笑っていてくれ

なんて人に言えるはずもなく

 

 

 

 

みんな、笑え~
ポジティブを強要してやる
傷つけられたからって怒るなよ
失敗したからって嫌な気持ちになるなよ
いつでも元気でいろよ
元気でいるのは人間の義務だ
明るい気持ちでいるのが人間の義務だ
形式として生きろ、形式として
誰もお前の気持ちなんて求めてない

なんて人に言えるはずもなく

 

 

 

形式として生きろ
自分の心を最優先にするという習慣は
おそらく間違ってるよ
だって不幸だもの
自分を大事にして生きたらゴミみたいな人生になりました。いつでも不幸で、いつでも人が羨ましくて、羨ましい羨ましいっていって羨ましいこと、悟られないように、へぇ~!すご!とかかしこ!とか馬鹿みたいなこと言ってボクなんか全然で~、感覚派なもんで~とか言ってたらお前も少しは考えたら?馬鹿じゃないんじゃけ、とか言われたり、あんまり自分を下げないほうがいいですよ。とかあたたかい言葉投げつけられたりして

 

 

 

テレビで同世代が活躍してたら無条件に腹が立つ、何に対して?自分に対して。とかかっこつけるけど、普通に腹立たしいんだ、テレビの中のあいつが。傷つけてくるから。じゃあ、テレビ消せよ。いや、でも。ここでシャットアウトしたらいよいよ自分は立ち上がれないような気がするから。再起の衝動が、ぶはは、再起の衝動なんてないやんけ。いまもアイス食べてポテチ食べてテレビ見て、寝ようとしてる。再起の衝動なんて二度と口にするなよ、馬鹿な人間が気軽に口にするから、どんどん言葉が軽くなる。馬鹿な人間の馬鹿な一日に消えてなくなってしまう。大事な気持ちが。だから自分を下げないほうがいいですよ。うるせえな、自分を下げて自分を悪く言うのが1番落ち着くんだ

 

 

 

何が言いたいんだっけ?
幸せになりたくないのかもしれない
どうしたらこの不幸から抜け出せるんだろう?
って言葉は
不幸から抜け出したくない人間が使う言葉だ
不幸をやめる。
明るい気持ちになる。
という意図の砲弾を1秒に1回打ち込めばいいだけだ、めんどくさいな、じゃあ不幸でいいや

 

 

 

カップ麺ずーるずる、ファミチキ食らって、チョコドカ食いして、明日に怯えながら心を潰して寝る、これが1番自分らしいだろ。どうしてこれが幸せじゃないんだ?どうしてこれを幸せと認めないんだ?

 

 


ところで、
人生に不幸があっては駄目か?

 

不幸を無視して生きたら、その不幸はどうなるんだ?

 

不幸を無視して生きたら、より不幸になるのか?

 

心を無視して生きたら、心は暴走するか?

 

心を無視して生きたら、心は壊れるか?

 

 

 

(笑)そんなわけねえだろ、心を大事にしてる、自分を大事にしてる今の方がよっぽど壊れとるわ。慢性的に苦しくなってる人間の心が正常だって言う奴がいるなら連れてきてほしいですね、やっぱいいや、人と一緒にいるのが好きではないから

 

 

 

不幸を避けることが不幸
心=人間とするのが不幸
心=人間をまるごと無視すること
否定ではなく無視すること
みて、いながら、みない、こと
これで全部わかるよ

 

 

心の声を聞くことは

「言うことを聞く」とは似て非なるものだ

それに気づいたのは1分前

心の声をきいてあげて、心の声を大切に

って馬鹿か?

「明日について思い悩め」「自分を嫌いになれ」

って心の声はいつも言ってます

「私なんか全然ダメで」

って心の声はいつも言ってます

こいつ大切にしてどんな人生になりますか?

「そんなことないよ」って言ってあげたいな

「そんなことないよ」は誰の声?

心の声を慰めるのは誰の声?

心の声が自分ではなかったか?

自分を慰める他者がやはり自分の中にいるのか、心の声がやはり自分とは全く関係ない、ただのダミーシステムだったのか、わしの見解では後者ですね、いつでも鳴ってる心の声はダミーの声なんだ。こんな奴の言うこと誰が聞くか、わしゃ幸せになりたいんじゃ

 

 

 

心の声の「言うことを聞く」のではなく

心の声を「聞いて」

これが偽物だと看破して

(なぜなら、心の声はいつでも僕を不幸にしたがっているから。)

心を無視して、なりたい自分になれよ

 

 

!心を無視してなりたい自分になれよ!

!心を無視して天才的な自分になれよ!

!心を無視して幸せになれ!

 

 

「心が邪魔をする」

って絶対言っちゃいけないって心理学の先生が言ってた。だから今まで使わなかったんだけど、なんで会ったことない奴にここまで気をつかっていたのかな。

 

 

 

心理学って

心という自分の中の悪魔を

やりすごすための学問なのかもしれない

 

 

闇の魔術に対する防衛術

 

 

に改名しよっ、ね?