らくらくらいふ

おだやかでおちついたきもち、それだけ

夕日「沈もうかな」

土日がずっと楽しくて

ラブライブの映画みにいって、ライブにいって

うはうはうはうはしていたので

土日が終わってしまって、いつもどおり悲しい気持ちでいました。

仕事が昼から始まるのだが、結局布団でうだうだしてしまうな

Twitterで活躍してる人みるともれなく心が苦しくなるので

ずっとpixivでかわいいイラストを眺めていました。

夢とか将来の目標だとかいってるくせに

ずっとpixivでかわいいイラストを眺めていました。

かわいい~かわいい~これもかわいい~ってニヘラニヘラした後に

それがどうした

バーンとタブレットを布団に叩きつけて

もう寝るっゆうて

かわいい時間が終わるのはいつも突然で

たしかにな。かわいかった、で、それがどうした?

かわいいを摂取したら月収があがるのだろうか

かわいいを摂取したら未来が照らされるのだろうか

汚い布団の中で汚くにやけてる自分だけがそこにいて

かわいい時間を「無駄な時間」と切り捨ててしまう哀れな心だけが残って

土日、すごく楽しかったけど、終わってみれば

ただ財布から15000円が消えたという事実と

楽しいことが終わってしまった、なにもかもおわりだ

という虚無だけが残ってしまって

楽しいことって実は幻なのでは?

という気づきが心をノックしてきたので

今日も布団の中で居留守を使いました。

 

 

 

そーれがどうしーた?ぼくドラえーもーん~

っていってる青ダヌキおったけど

 それがどうした?の問いかけで

一切は無常だと看破するやり方は素直に参考になるし

さすが青ダヌキだなと思いました。

22世紀はスピリチュアリティも発達しているのかな

どうしようもない失敗作にも霊性は宿るんだ

それがどうした?であらゆる形態の無常を暴いた上での自己紹介

ダヌキだって気づいているはずだ

この自己紹介は果たして自己を紹介できているのか

自己とは何か、自己とは何処か

「それがどうした?ぼくドラえもん

ドラえもんとは何を指す言葉なのか

ぼくドラえもんです」

私とは何者か

肉体か、頭脳か、意識か

それがどうした

また無駄な時間を過ごしてしまった

 

 

 

これ以上陰鬱な気持ちでいることに疲れたので

今日は本当に意識して、静かな心をつくりだしていました。

職場にいって、エックハルトトールの本を誰も居ない教室に講義して

そしたら静かな心をつくることができるから

その状態のまま仕事をしようとしました

でもすぐに思考に自分をコントロールされてしまいました

くるしい気持ちにのみ込まれてくるしい

 

 

 

「受け入れる」

ってどういうことだろう?

とずっと思っています。

つらい気持ちや悲しい気持ちを受け入れることが大事だと

たくさんの本に書いてあるんだけど

受け入れる、という感覚にあんまりぴんときていません

頭の中で受け入れる様子をイメージしてもぴんとこないし

 

 

 

今のところ、悲しい気持ちや陰鬱な気持ち

もやもやした感情を

何もせずに、手を差し伸べずに、作り変えようともせずに

ただそこに放置して眺めていること

これが受け入れるっていう感覚に近いのかな?と思っています

「受け入れてください」とは

「否定することをしないでください、拒否することをしないでください」

の肯定的な表現なのかな?

 

 

 

エックハルトトールが「苦しみにYes!といいましょう」

といっていた(書いてあった)んですけど

苦しい気持ちになるたびに「Yes!!!」っていうのは

ちょっと恥ずかしいからあんまりやりたくないんだよな

ちょっとというかだいぶ恥ずかしいんだよな

くるしい~~Yes!!!!ってだいぶ恥ずかしくないですか?

彼氏が「くるしい~~Yes!!!」っていってたらこの恋を終わらせたくなりませんか?

言葉でYesといおうと、感覚がYesの感覚にならなきゃ意味がないんだ

つまり

つまりだ

 

 

 

感覚でYesと言うのだ

Yesの感覚とはスムーズに流れる感覚

抵抗のしこりが溶ける感覚

感覚でYesというためには

Yesとは別の言葉を用意する必要があるな

それが諦めるってことではないか

放置するってことではないか

「少なくとも否定的な気持ちにはならない」

ぼくらはそこから始める必要がある

少なくとも否定的な気持ちにはならないぜ

これがどんなにすばらしいことかわかるかな

休日が終わることを放置して

夕日が部屋を照らすことを放置して

布団の中、肉体を纏った悩みの塊をそこに放置して

成功していたはずの自分を脳内に放置して

放置された心と放置された妄想と放置されたみぞおちの重さ

私の全存在が放置されてしまった

それがどうした?

っていう言葉すら放置されてしまったから

いよいよ苦しむ人間がいなくなってしまった

いよいよ苦しむ人間がいなくなってしまったから

そこに苦しみは存在しなかった

という事実を観察する人間もいなかったから

夕日は途方に暮れてしまって

今日も沈んでいったんだ